世界のどこかで会いましょう♪ 

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・最近はInstagramで写真をちょくちょくアップしてます♪

Facebookページ作りました!

twitterではタイムリーをつぶやいています。




今までの主な記事
「ここは天国?」
チベット(色達)ではこの世のものとは思えない景色を見ることができました。

「バイクでのベトナム縦断1,800km」」
これはとにかく最高にやばかった!!笑

「笑顔ってやっぱすごい!!」
インドで出会った子供たち♪

「ついについに。。。空一面のオーロラ!」」
フィンランドで待ち続けて見た空満点のオーロラ。

「やっぱり感動した、ウユニ。」」
これを見るためにルート変更してまでも南米に来た。

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ブラジルビザ、ゲーット! in ポーランド

「世界一周264日目」






今日は朝早くからここポーランドのワルシャワにあるブラジル大使館に行ってきました。







目的はブラジルビザゲット!







しかし、このブラジルビザ、取得するのにいろいろと大変という噂がちらほら。

後々行くドイツで取ろうと思ってたらなんとドイツのフランクフルトで取れるという情報を得ることが出来たんですが、暇だったんで散歩がてら行ってきました。


場所はここ。
スクリーンショット(2012-02-07 14.59.00)
(クリックで大きくなります)







宿から歩くこと30分。



着きました。
DSC_2594.jpg





閉まってました。








けど中には人がいて、ブラジルビザ欲しいんですけどって言ったら


「明日の午前中に来て!」と。






夜、そっこーブラジルへのチケットを取って、



そして翌日に必要書類を持って行ってきました。
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本来ならネットであらかじめ申請書類を打ち込んでそれを印刷して持って行くらしいんですが、昨日そのことについて何もいわれなかったので何もして行きませんでした。




そしてお姉さん

「ネットでやってきた~?」



って。




何も言われてないし!



けどお姉さん

「じゃあこのパソコンで申請してね。」

だって♪


パソコンもその申請用にありました。
DSC_2592.jpg



ちなみにそのHPです。
(本来ならこれに必要なことを打ち込んで、印刷してそれを持っていくらしいです。)
インドのVISA申請よりはるかに簡単でした。



そしてブラジルでの滞在先を打ち込む欄が。


困った。
まだ何も決めてない。

どうしようか悩んで受付のお兄さんに相談したら


「このパソコン使って調べていいよ~。」

って、めっちゃ優しかった!




そしてもう一つ問題が。

申請の際には銀行の残高証明書がいるんですね。



自分が持っていったのは

山口銀行のネットで見れる残高をそのまま印刷したやつ。

そして残高なんと150,000円。笑

少な過ぎだし、日本語だし!笑




提出したら

見た瞬間、笑われて

「これ、何語?!」
「これユーロでいくら?」


って。

「1,500ユーロ、もちろん日本語!」

って言ったらOKでした。笑



ちなみに片道航空券しか買ってないよ!?

って言ったら、大丈夫でした。

「何か聞かれたら、いろいろ周辺まわるって答えたらいいんじゃない?」

だって。




んで、全て記入して印刷。
提出してVISA代25ドルを渡して








待つこと









30分!笑









即日発行でした♪







あまりの早さにビックリ!







しかもみんな優しかった~!




これでブラジル行ける~♪







これ受付のお兄ちゃん。笑
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よっしゃ!





ポーランド(ワルシャワ)、ブラジル大使館でVISA取得に際しての必要なもの

・パスポート
・写真1枚
・ネットで記入し印刷した書類1枚
・銀行の残高証明書
・25ドル
・ブラジルへの航空券のコピー




ちょっとー!
確かに今日のは面白くないよ。
ないよ!

けどね

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| ポーランド | 17:14 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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電車で可愛い可愛い子供と流氷。

「世界一周263日目」





クラクフからポーランドの首都、ワルシャワに移動。


バスの時間が合わなかったので、今回は電車で移動です。



てか、この電車なかなか快適だった。
普通の電車を想像してたんだけど、コパートメントタイプでふかふかシート!
ポーランドなのにこのコパートメントの中はグルジア人2人ケニア人の親子4人。笑




しかもこの子供たちが可愛くて可愛くて。
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見て、この顔!笑
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クリクリ頭がもう可愛い過ぎるわ!




こっちがお兄ちゃん。
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こうたにそっくり。笑



お兄ちゃんにはiPhoneを取られ、ずっとゲーム。



弟にはカメラを撮られ、撮影会。
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お父さんとお母さん。
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お父さんはコンゴ人で、お母さんはケニア人。
親子でポーランドに住んでて、アフリカの音楽や伝統をポーランド各地で伝えているそう。

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これ楽器!


今度ケニアに行くって行ったらいろいろとお勧めを教えてくれた♪




最後にこのちびちゃん、遊び疲れて爆睡!
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この可愛さ、ハンパな!





そんな感じで4時間の移動はあっとゆーま。





ポーランドの首都ワルシャワに着きました。




てか、クラクフより寒い。。。


てか、もーめちゃくちゃ寒い!!!

痛い!!!!





てか、最初はワルシャワに来るつもりはなかったんだけど、ブラジル大使館でビザのことを聞くために来てみました。
プラス取れるかな~なんて♪



ワルシャワの街。
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観光する気、0。笑



ブラジル大使館に行く途中。
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これ船の上。









と思ったでしょ!?




実は橋の上だったってゆーね!






あまり寒くて川に氷が流れてた!


流氷!





手袋2枚しても手が冷たくなるし、手袋外したらそっこー手が痛くなる!
こんな感覚初めて。笑




ちなみにここもマイナス20℃いってました。

なんでも今、東欧に大寒波が来てるらしいね。
道で普通に炭が焼かれてた!笑
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そんな時期に来てしまったってゆーね♪




明日はブラジルビザでっす!




今日のおチビちゃん♪
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| ポーランド | 16:09 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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アウシュビッツ収容所

「世界一周262日目」







正式名称

「アウシュヴィッツ・ビルケナウ
     -ナチス・ドイツの強制・絶滅収容所」






ここでは1940年から1945年までの間に約150万人の人達が殺されたとされている。
しかしその数も定かではなく、それはナチスが何の記録も無しに殺した人がほとんどだから。
(100万人とも600万人とも言われている。)




内訳(130万人とした場合)は

ユダヤ人       110万人
ポーランド人     14万人
ロマ(ジプシー)   2.3万人
ソビエ軍捕虜     1.5万人
その他(同性愛者、身体障害者、精神障害者、黒人、エホバの証人、共産主義者、無政府主義者、反ナチ運動家、ナチスが見なした者) 2.5万人


その内の生還者はたったの10%





収容所には様々な国、地域から連れて来られた。
(イタリア、ポーランド、チェコ、フランス、オーストリア、ルーマニア、ノルウェー....)
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このアウシュビッツ強制収容所は1940年に建設。
最初に連れて来られたのはドイツ人刑事犯30人。
その後、ポーランド人政治犯が728人。










そしてヨーロッパ諸国で「ユダヤ人狩り」が行われ、多くのユダヤ人が捕まえられここアウシュビッツに収容された。







ここで疑問。



なぜユダヤ人がこんなにも多く殺されたんだろう。







調べるとそれは「差別」だった。





ユダヤ人に対する差別ははるか昔の紀元前から存在していたそうです。
紀元前にユダヤ人が住んでいたイスラエルはローマ帝国に滅ぼされ、ユダヤ人は世界中に散らばった。

そしてそこで土地を持たないユダヤ人は金融業、政治にまでも進出していった。
元々キリストでは金貸しが禁止されており、それを良く思っていない人もいたりして、それがユダヤ人差別を助長していった。



様は商売で成功している裕福な人達が多いから。



他にもイエス・キリストを殺したのがユダヤ人、排他的な思想を持っている。などいろいろな理由があるそうです。





そして、ヒトラーの時代。


第一次世界大戦後のドイツは、多額の賠償金も抱えており、経済も悪化。
そこで誕生した新政権のドイツナチス党。
経済も回復していき、国民の支持を得たヒトラー。


そして彼は


「血統的に優秀なドイツ民族が世界を支配する運命を持つ。」

と主張し、血統を汚すとされたユダヤ人や障害者迫害などの政策を行った。



「世界中のユダヤ人は、我々アーリア人の純血を汚そうとする陰謀を張り巡らせている。これを阻止するには、組織的に彼らを狩り出し、社会から除外するしかない。」



彼はユダヤ人を迫害するための法律を作り、ユダヤ人は公務から外され、弁護士、医師免許も取り消された。
そして、ユダヤ人地区、ユダヤ教会を打ち壊し、略奪。


そしてヒトラーはプロパガンダを盛んに行い、ドイツ国民を洗脳した。
それが戦中の極限状態の中でエスカレートして、ホロコースト(大虐殺)に至ったと考えられている。










自分が行ったのはアウシュヴィッツ第一強制収容所とアウシュヴィッツ第二強制収容所(ビルケナウ)。



そして、もう一つのアウシュヴィッツ第三強制収容所(モノビッツ)の三カ所を総称してアウシュビッツ収容所と呼ぶそう。






「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」の看板
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このBが逆さになっているのは作った人のせもてもの抵抗だそう。
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まずここにはヨーロッパ各地で集められたユダヤ人などが列車で連れて来られた。





何時間も何日間もの間、狭いこのトロッコにぎゅうぎゅうに詰め込まれ、中には座れない人、排泄もろくにできない人もいて列車の中は最悪な環境だったそう。
中には列車の中で亡くなる人もいたそうです。
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そしてやっとの思いで着いた場所。
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そこがアウシュビッツ






疲れも取れないままの体で、並ばされ選別される。


ただ左か右に。
この写真の様に。
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それも曖昧に決められたルールによって。





選別されたのは


「労働者」「人体実験の検体」


そして


「価値なし」




この「価値なし」とされた人々が送られたのがこのガス室
多くが子供や女性、お年寄り。
実際、連れて来られた70~75%の人達がこのガス室に運ばれたそう。



そしてシャワーを浴びるとの理由で入れられたこの部屋。
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シャワーの水の代わりに入れられたのはチクロンBという殺虫剤
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中に入った人たちは15分~20分の間に死んだそう。

死体からは金歯が取られ、髪の毛が取られ、指輪、ピアスも取られた。



切られた髪の毛はマットにされた。
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大量の鞄
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書いてあった年代を見ると当時の様子が思い浮かび、ほんとに悲しくなった。


大量の眼鏡
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義足や杖
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これは子供の靴。
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こんなに小さなサイズ。


こんなにたくさんの子供がだよ?
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その後、焼却炉で死体は焼かれ、1日に350人の死体が焼かれていたそう。
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ここは「死の壁」と呼ばれる場所。
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この奥の壁に並ばされ、多くの人々が銃殺された。

窓に付けられている木はその行為を見れないようにするため。








そして「労働力」とされた人々は、持ち物を全て奪われ、髪を切られ、裸のまま消毒液をかけられた。



そして彼らの名前はその時点でなくなり、新しい名前は番号
体に刺繍された。


子供でさえ。
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そして労働者は収容所の増築作業だったり、工場や鉄工所、軍事工場などで働かされた。
休むことなしに働かされ、食べるものも満足に配られず、倒れる者、ミスした者は容赦なく殺された。
次から次へと収容所の人数が増えるため、「代替え可能な消耗品」として道具のように扱われた。


また、ある仕事では午前中に穴を掘り、午後にそれを埋めるといた何の意味もない作業もさせられていたそう。






そして、食事。




朝は500ccのコーヒーと呼ばれた液体。

昼は1ℓのほとんど水のような腐った野菜で作られたスープ。

夜は300~350グラムの黒パン、マーガリン3グラム、薬草の飲み物。




重労働と飢えで多くの人が栄養失調になった。

この写真の女性は収容時は75キロ、解放時は25キロにまで体重が落ちていたそう。
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子供たち
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こんな体見たことがない。







そして収容所の環境はとてつもなく最悪な状況だったそう。
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初めはコンクリートの地面に藁を敷いて寝ていたが、その後マットレスが支給された。
40~50人の部屋には200人の人が収容されていた。


その後、三段ベッドが作られたが、1段ごとに二人の囚人が寝かされ掛け布団は汚れた穴だらけの毛布だけ。
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もちろん服は薄っぺらい囚人服1枚のみ。
靴はサンダル。
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ここは元々ポーランド軍の施設だったらしく、暖房は付いてはいたが付かない日も多くあったそう。


自分が行った日はマイナス20℃くらい。
もちろんこの収容所に入っても全然暖かくない。
隙間風は通るし、地面は土。
外と何ら変わりない。


自分は服を大量に着込んでいるにも関わらず、とてつもなく寒かった。
いや、もう寒いなんて次元じゃなくて痛かった。
一瞬、手袋から手を手を出すだけですぐに手が痛くなる。
それも強烈に。


収容所のトイレ
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収容所の中からの景色
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外にも中にも絶望しかなかったんだよね。



また、収容所の人々は罪状によって分類されてそのグループ間に「序列」を付けられた。
労働内容、食事の質、待遇を異なるようにすることで、被収容者間の連帯を防ぐようにした目的があったとされているそう。

そして、囚人の中からカポ(囚人の頭)を選んで、囚人が囚人を管理していたとされている。
このカポには多くの特権が与えられた。
そしてこのカポは同じ囚人に対して容赦ない虐待を繰り返し行っており、被害者の中にも加害者が存在したとされている。


彼らもそうしないと殺される立場であり、それが許される行為では全くないけど、彼らも極限の状況に置かれていたんではないかと思う。

そんな極限の精神状況までも作り出したナチス。






また、「人体実験の検体」とされた人々の中には子供が多かった。
その中でも双子。

子供の目の中へ化学薬品を注入して瞳の色を変更する実験、人体の様々な切断、性器の転換。
他にも、2つの同じ臓器が1つの身体で正常に機能するかを確認するために、双子の背中同士を合わせて静脈を縫い合わせることで人工の「シャム双生児」を作ることを試みたりされた。
この手術は失敗し、癒着した双子の姿はあまりにも見るに耐えなかったため、手術の3日後に両親によって窒息死させられたそう。
その他、永遠と冷蔵庫に入れられ人は何度まで耐えれることができるのかなど。。。

実験から生還しても解剖するためにほとんどが殺害され、役に立たない実験体は処分されたそうです。











そして、1945年1月27日、解放

解放された時に残っていた人達の数はたった7,500人。
直前に多くの人が殺されたり、他の場所に移送されたり、そして証拠が残らぬようガス室等を爆破したりした。



解放直前の子供たち
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自分が小学生だった頃に、何かの授業で課題を与えられた。
何でもいいから一つ、歴史上で起きたことを調べること。


自分が選んだのはアウシュビッツだった。




そして、今こうやって実際にここに来た。



本音を言うとここで150万人の人が殺されたなんて想像出来なかった。
それよりもこの150万人っていう人の数が想像出来なかった。





そんな想像出来ないほどの人がここで実際に殺された。





信じられない。

実際に行ったのに信じられない。



けど、実際に起きたこと。





もう二度とこんなことが起きてはならない。





ずっとずっと語り継がれていかなければならないことだと思った。








そしてここに来ることができ、感じることができ、ほんとに良かったと思う。









また、アウシュビッツには中谷さんという日本人ガイドの方がいらっしゃり、非常に分かりやすく説明して下さるそうです。
自分が行った時はずっと休みだったので、仕方なく英語でのガイドでしたが絶対に日本語のガイドの方が良かったと思った。





まだまだ知らないことがたくさんある。
知らなくてはいけないことがたくさんある。




だからまた行こうと思う。




絶対に。
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めっちゃくちゃ寒いポーランド! !

「世界一周259日目」




朝早くにポーランドに行くため、ここで二人ともお別れ。
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ゆいちゃんとはカッパドキアで会い、
たくや君と数日前に日本に帰ったたかまさ君もイスタンブール。


この3人と一緒に約1ヶ月、一緒に旅をした。



1ヶ月も一緒にいるとそれぞれの性格も行動も分かってきて。


観光地を調べるのはだれ、お笑い担当はだれだれで、いつも落ち着いてるのはだれだれ。とか。



みんな年下だったけど、みんなほんとにしっかりしててたくさん助けられた。



てか、何より楽しかったな~。




みんなでご飯作ったり、ビリヤードしたり、温泉行ったり、下ネタ話したり、ストリップ行ったり。
まだまだたくさんあるけど書ききれないや。




そして別れる時はそーでもなかったけど、一人で移動して、一人ドミトリー入るとやっぱり寂しかったな~。






出会いと別れ。



これが旅なんだろうね!




よしっ!








そして、ポーランド!





着いたのはクラクフという街。
クラクフはポーランドの南、第三の都市らしいです。
(プラハからクラクフのバスはネットで探しまくったけど無かったため、直接バスターミナルに行き購入しました。)





大きなショッピングセンターの前にはスケート場!
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てかね、もうなによりもポーランドに来て感じたのは







寒過ぎ!!!!!!




もーハンパない!!!







まじで寒いの次元通り越して、痛い!!!!







こんな寒さ生まれて初めてやな~。って思ってネットで気温調べたら


最高気温マイナス15℃、
最低気温マイナス20℃。




いやいや、最低気温はまだ分かるとして最高気温の意味が分からん!




次の日宿の人に聞いたら今、東欧には大寒波が来てるらしく

「今、外はマイナス25℃よ~♪」


って言ってた。笑





ちなみに普段はこんなに寒いことはないらしく、マイナス5℃とからしい。。







そんな寒い、いや痛いから街に出ても長い時間観光出来ない!
とにかく皮膚が出てる顔がハンパなく痛い!

けど、時間が経つにつれて慣れてきて観光も少ししてきました♪
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この竜まじで火吹いた!


道路はこの通りカチンコチン。
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これツルッツルだからね!



これは街の中心の広場。
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そしてこの川、よく見ると

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凍ってた!!
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まじハンパない!







近づいてみると白鳥立ってるし!!
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川に立つ白鳥違和感あるな~。笑






てか、白鳥見てたら地元の白鳥思い出した。

山口県の宇部市には常盤公園って言ってめちゃくちゃでかい公園があるんですけど、そこには白鳥からペリカン、カモがたくさんいるんですね。


けど、去年の今頃に鳥インフルエンザが発覚して。
周辺の養鶏業者のこととかもあるし、これ以上感染を広げたらいけないってことで全部の白鳥とガンが殺処分された。
400羽が。

小さい頃からずっと見てきた白鳥がその公園からいなくなった。

いなくなった後の石灰がまわりにまかれた湖はほんとうに寂しく感じた。



ペリカンはあの時殺されなかったからまだ元気かな?
高校の時、部活してたらよくグランドに降りてきたな~。






そ~んな小さい頃から何かしら見てきた白鳥だから何か懐かしかった。







そして、もう寒くて限界なので宿に帰りました。
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最近なぜかよく見るひこうきぐも
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気温の低い日によく見れるんだって.




だからか~。






今日撮った写真たち♪
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