世界のどこかで会いましょう♪ 

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・最近はInstagramで写真をちょくちょくアップしてます♪

Facebookページ作りました!

twitterではタイムリーをつぶやいています。




今までの主な記事
「ここは天国?」
チベット(色達)ではこの世のものとは思えない景色を見ることができました。

「バイクでのベトナム縦断1,800km」」
これはとにかく最高にやばかった!!笑

「笑顔ってやっぱすごい!!」
インドで出会った子供たち♪

「ついについに。。。空一面のオーロラ!」」
フィンランドで待ち続けて見た空満点のオーロラ。

「やっぱり感動した、ウユニ。」」
これを見るためにルート変更してまでも南米に来た。

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たまには電車に乗って!

「世界一529周日目」







ボスニア・ヘルツェゴビナは「サラエボ」から次はセルビア「ベオグラード」に向かいます。
スクリーンショット(2012-10-31 21.49.31)



久しぶりに再会したこーじさんともお別れ。
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いや〜、短い間だったけど彼のトークは健在!!

まじめっちゃ楽しかった!
次は中東あたりで会えるかな!?






そして今回の移動はいつものバス。


ではなく電車で。



サラエボからベオグラードまでのバスは何本もあるんだけど、ほとんど市内から10kmくらい離れたバスターミナルから出るらしいんです。


近くのバスターミナルからは1日1本だけ。


しかも朝めちゃくちゃ早い!!



なので今回は電車で行くことにしました♪






この世界一周中、ほとんどがバスでの移動。
ヨーロッパなんて高いからほぼバスだからね。



でも自分は電車の移動が好き。



だから今回は電車で凄くテンションが上がってしまってます♪






バスターミナルへはタクシーで4ユーロ。

3人いるとやっぱり安く済むからいいね。






そして切符を購入。
ベオグラードまでは33ディナール(1700円)
11:49発→20:00くらいに着。






出発までは時間が少しあったので、お金を使いきるために昼ご飯を購入。
レストランに入り、みんなが食べていたものを指差し
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「あれあれ!」


って答えるとまさかの英語での対応。



観光客もそこまで多くないのに、この街の人たちは英語が喋れる人が多かったような気がする。



ちなみにそこで買ったコーラ。
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60円。
ボスニアの物価は西欧に比べると恐ろしく安かった。





そして駅に向かいます。
駅のホームに出る前の階段。笑
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the 中欧・東欧って感じ!


これ夜だったら絶対に怖いでしょ!笑




今回の電車。
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中はこんな風になっていて
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コンパートメント!(自由席)
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ヨーロッパの列車はそんなに乗らなかったけど、東欧の電車はこの形の座席が多かったような気がする。
人もそんなにいないし、ゆっくり出来る。
しかもお得感♪


やっぱ電車にして良かったわ〜!





電車が動き出してすぐにお腹が空いたのでさっき買ってたご飯を出してみる。


うっ、このにおい。。。


めちゃくちゃ食欲をそそる臭い!




向かいのおばちゃん、おじちゃん、絶対臭いだろうな〜と取り出したのがこのパン!
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中には炭火で焼かれたソーセージがびっしり!
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もうめっちゃくちゃ美味しそう!




食べてみるとこれが



んまーっ!



なんです!




ちょ、こんな美味しいパンとソーセージ久しぶりに食べたわ!

ってくらい。

それくらい感動しちゃいました。
悩んであの店に行って良かった!




電車はたまに駅みたいなところに止まり、出発。


駅みたいなところって言ったのは、これ。
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笑。

完全に駅じゃないよね。



おばちゃんも乗り込むのが大変!
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これがほとんどだったからね。







そして電車の中。

寝たり、パソコンいじったり、音楽聞いたり。
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そして切符のチェックのために来た駅員さん

自分たちが外国人だと分かると、すぐに近くのお兄ちゃんを連れてきて何か言ってます。



で、お兄ちゃん

「この電車はあと1時間でとまるから、そこでバスに一旦乗り換え、また電車に乗ってね」

と。


何でも橋が壊れてるとか何とか。笑




てか、それよりもその駅員さんとお兄ちゃんが良い人過ぎでしょ。
自分たちと同じ乗客なのに、すぐに来てくれて英語で話してくれて。
その流れが普通過ぎて、駅員さんの息子かと思ったくらい。



それくらい人と人との距離が近いんだよね、この国は。




そして1時間後に列車が停車。

さっきまで何も喋らなかった目の前に座っていたおじちゃんが片言の英語で「着いたよ。」と教えてくれ、


そして目の前のおばちゃんも

「自分も行くから大丈夫よ!」

みたいなことを言ってくれる。



クロアチア、そしてボスニアに入ってほんとに人の優しさ、親切さに触れているような気がする。
明らかに他の国とは違う感じ。


最初になぜか思っていた「冷たい」だろうというイメージとは全然違った。





そして電車を降りてバスに移動です。
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ホームなんて無いので、高い所から飛び降ります。笑


怪しさいっぱいの電車の横を通り、これまたボロいバスに乗り込み
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バスで20分くらい移動して、また電車に。
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また同じようなコンパートメント。
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前回クロアチアからボスニアに入った時はスタンプ押されなかったけど、今回はなぜか何度も何度も押されました。
たぶん5回はあったような。

今度は押し過ぎ。笑



これ後から分かったことなんだけどね。
この電車、サラエボからベオグラードまで直通ではなく、一旦クロアチアのザグレブに行ってそこからベオグラードに行くんだそうです。笑
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だからスタンプ何回も押されたんだね。


って、めっちゃ遠回りやんっ。


でも時間は直通のバスより1時間遅いくらいなんだって。



そろそろパスポートもいっぱいになってきたな〜。
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ページ増やさないと。



それから5時間、の〜んびり景色を見ながら電車揺られセルビアの首都ベオグラードに到着です!
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やっぱバスより電車の方がいいわ。



小さい頃から父さんに連れられていろんなとこに行った。


いきなり電車に乗って、田舎の方に行ったこともあったな〜。


ちょっと家族に会いたくなってきたわ。



そんなことを思い出した世界一周529日目なのでした。






電車、またどこかで乗れたら乗ってみよ♪



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| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 07:16 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボスニア・ヘルツェゴビナで起きたこと。

「世界一周528日目」








ボスニアヘルツェゴビナ

スクリーンショット(2012-11-03 20.52.52)




1992年から1995年まで続いたボスニアヘルツェゴビナ紛争





この紛争のことを書く前にまずは旧ユーゴスラビア(1943年のユーゴスラビア社会主義連邦共和国から)のことを。



ユーゴスラビアってサッカーの強かった国!
ストイコビッチのいた国だね!

それを知ってる人も多いはず。





この下の地図を見ても分かるように旧ユーゴスラビアは1943年の時点で、6つの共和国が存在してました。

・マケドニア
・セルビア
・モンテネグロ
・クロアチア
・スロベニア
・ボスニアヘルツェゴビナ
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現在は既に独立して国になってるけど、当時は全てをまとめて「ユーゴスラビア」って言ってたんだね。



そして

5つの民族
4つの言語
3つの宗教
2つの文字


で、1つの国家とされてたんです。


→これが「ユーゴスラビア」


そして、いわゆる他民族国家



※ちなみに日本は単一民族国家。
(とされているみたいですが、これにはいろいろな意見があり、一概には言えないみたいです。)







異民族同士が共存していくというのは非常に非常に難しいのだけど、第二次世界大戦後は、チトー(共産主義者)という指導者の活躍によってこの6つの共和国が比較的仲良くやってたんです。



凄いよね、こんなにたくさんの違う民族、宗教が仲良くやってたんだから。
今じゃ考えられない。




しかし、そのチトーの死後、ユーゴスラビアは混乱。
ソ連や東欧諸国の民主化に流れに乗りユーゴスラビアもチトー時代(共産主義)の体制をやめます。



その時から民族主義・分裂主義・他民族排除主義という考えが盛んになってきたんです。



自分たちは自分たちの民族で国を作る!

あいつらはどっかに行け!


ってね。



今までは仲良く、とまでは言えないけど、うまくやってたのに〜。




そして、6つの共和国の一つであるセルビアがコソボ自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して90年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となったんです。


これがユーゴスラビアが解体していく「ユーゴスラビア紛争」




そこから各共和国が独立を目指し、その中の一つ「ボスニアヘルツェゴビナ」も1992年に独立を宣言。



そこからこのボスニアヘルツェゴビナ紛争が始まっていったんです。







まずはその紛争が起きたボスニアヘルツェゴビナ(以下ボスニア)の首都である「サラエボ」の街を歩きます。



まず一番最初に目に飛び込んできたもの。

それがこれ。
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おびただしい数の銃弾の跡


しかも、ここ街のど真ん中だよ?
中心地だよ?



そんな銃弾の跡がサラエボの街中どこにだってあるんです。
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ボスニアには当時430万人が住んでいて、3つの民族が共存していて


①ボシュニャク人(ムスリム人)44%

②セルビア人(33%)

③クロアチア人(17%)



その3つの民族同士が、憎しみ合い、戦ったのがボスニア紛争。



その戦闘の一つが「サラエボ包囲」

セルビア軍がサラエボの街を完全包囲し、町を守るボスニア政府の軍を繰り返し攻撃した。
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多い時は38,000回もの砲撃があったそうです。
このサラエボ包囲では、12,000人が死亡し、50,000人が負傷したものと推定され、そのうち85%は市民だったらしい。



これは今のサラエボの街で見られる「サラエボのバラ」
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撃砲の砲弾による死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めたんだそう。
自分は一つしか見なかったけど、街にはいくつも点在しているらしいです。




ここはスナイパー通りと呼ばれる場所。
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「動くものは全て砲撃の対象」とされ、多くの人が撃たれ、殺されたらしい。



このスナイパー通り。
ボスニア紛争中にジャーナリストの山路さんが現地で取材している動画がありました。

これを見てるとほんとに怖い。


と、思うとともに死を隣り合わせに「現実」を伝えてくれるジャーナリスト、カメラマンの人たちのほんとに凄い。


そしてその山路さんを含む、世界中のジャーナリストが紛争中に泊まっていたホテル。
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「Holiday Inn」は紛争中にも関わらず、ジャーナリストたちに部屋を提供したんだって。
この上の動画にも出てきます。




そして約3年半続いた紛争はNATO軍の介入で停戦。



この3年半のボスニア紛争での死者20万人。
難民200万人。
そして民族浄化(大量虐殺、レイプ、強制出産)というものがたくさんおこなわれた。




ここはサラエボにあるお墓。
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ほんとにたくさんのお墓がありました。



紛争のあった年代がほとんど。
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ちなみにこのお墓があった場所。
実は84年にサラエボオリンピックがあった会場なんです。
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あまりにも多くの人たちが亡くなり、お墓をたてる場所が無くなったからだとか。







わずか3年半もの間に死んだ人の数20万人。
家を失ったり、レイプされ知らない異民族の子供を産まされた女性。
虐殺された人々。
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なんでこんな惨いことが起きないといけなかったんだろうね。






セルビア人と敵対したボシュニャク人(ムスリム人)のタクシー運転手が言ってた。


「セルビアは嫌いだ。」






例えこの紛争が民族同士の戦いでも、全員が全員相手を憎んで殺し合ったんじゃないと思う。


実際にこの紛争の前は異民族同士が結婚して子供を作ることも多かったそう。



異なる民族、そして宗教が一つの場所に共存するってそんなに難しいことなんだろうか。。





でも、世界にはほんとにたくさんの紛争や迫害が未だに起きている。


この紛争だって自分が行きてる時代に起きたこと。



ここボズニアヘルツェゴビナという国に来ることにより、詳しく知ったこと。
たぶん来なければここまで知ることは無かったと思う。


そんな意味でもここに来て良かったとほんとに思う。




ちなみにこの橋は第一次世界大戦の発端となったサラエボ事件が起きた場所。
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サラエボはいろいろなことが起きた国なんだね。





旧ユーゴ圏、もう少し旅しながらそんな歴史を知れたらなって思ってます。



まぁ楽しむことも忘れずに。ね!
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今回はかなり省いてまだまだ書きたい事もたくさんあったけど、まだまだ勉強不足。
うまく伝わらずにごめんなさい。
でも、少しでもこんなことが起きた、起きているっていうのを知ってもらえたらと思ってます。

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| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 07:23 | comments:21 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボスニア・ヘルツェゴビナに到着!

「世界一周526日目」







クロアチアからボスニア・ヘルツェゴビナという国に来ました。
スクリーンショット(2012-11-03 20.52.52)


ボスニア、そして首都「サラエボ」

名前は聞いたことがあっても、どこにあるのか、またどんな国なのか全く知りませんでした。


イメージは戦争、紛争をしていた国。というだけ。


それも自分が生まれた後に起きた出来事。





実際にどんなことが起きたのか。





そんなことを少しでも知るためにこの国にやってきました。





クロアチアのドブロブニクからはバスで6時間。

ボスニア・ヘルツェゴビナに入るまで何度か警官が乗ってきてはパスポートチェック。
イミグレがあるのかな〜なんて思ってたら、すでにボスニアに入国してることに気付きました。



まさかのスタンプなし。笑


クロアチア出国のスタンプもボスニア入国のスタンプもなし。


大丈夫なのかとめちゃくちゃビビってたけど、後々調べたらこの地域を旅行してる人たちも結構スタンプを押されなかったりしているらしい。
しかも全然問題にならないんだって。


不思議。笑




そして夜にボスニアの首都「サラエボ」に到着。
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暗い。

この暗さ、東欧や中欧の街らしい。



そして寒い。
この日は寒波が来てるみたいで、気温も一ケタ。
すぐにダウンを来て、市内中心部に向かいます。




市内まではトラムが走ってるんだけど、この暗さ。笑

初めての国だし、しかも夜。
勝手な「怖い」というイメージが先行してて少し緊張。



なっちゃんとスイス人とまだ走ってるか分からないトラムを待ってると、バスが目の前に止まりました。



なっちゃんが市内までの行き方を教えてもらいに行くと、バスの運転手、そして乗客のお姉さんもが親身になって教えてくれてます。
運転手のおじさんんなんて、降りてきて説明してくれたからね!



とにかく優しい。
この辺りの国の人たちは良い人が多いと旅仲間から聞いてたけど確かに!
(これは後々、もの凄く実感することになるんだけどね。)

夜だったし、初めての国、そして未知の国だったので安心出来ました。




まぁ結局はタクシーで行ったんだけど!笑






そして、今日の宿は「Hostel City Center Sarajevo」
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ドミ(11ユーロ)
wifiあり
キッチンあり
ここの宿、凄く奇麗で落ち着けました。
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そしてここで、インド、ブラジル以来のこーじさんと再会!!
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ドイツからブラジルへの飛行機で知り合い、サルバドールの道をビビりながら歩き、一週間を共にした仲。


いや〜、まさかこんな所で会えるなんてね!
大陸違うし!
相変わらずテンション高いけど!笑
でもめっちゃ嬉しかったな〜。



その日はその後のお互いの旅話をして爆睡。
翌日はこーじさんとなっちゃんとサラエボの街に出掛けました。
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てか、寒い!


寒過ぎるぞ、サラエボ!

サラエボが寒いのかたまたま今日が寒いのか。


真夏のロンドンから冬物はほとんどトルコの友達の家に送ったので、あまり服がありません。
頑張れ、カーディガン!



ここはサラエボの旧市街
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驚いたのは日本によく似てたこと。
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ねっ!?
これなんて京都を歩いてるみたい。
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ここで団子とお茶を。。。
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サラエボじゃいっ!



瓦も久しぶりに見た気がするな〜!
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ここはハト広場。
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もう説明いらないよね。笑


ハトが嫌いな自分は避けてたけど、おばちゃんこの通り。。。
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無理無理!笑





昼はサラエボで唯一のマックへ。
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店内がシャレててビックリ。
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そして店員さんがみんな英語が喋れてビックリ。
海外で英語喋れないマックの店員さんって多かったからビックリでした。



マックの値段はセットで400円。
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安い!



ブラジルなんて800円くらいした気がする。
ロンドンもパリも高かったな〜。

味はほとんど同じだけどね!





お腹もいっぱいになったところでサラエボの街をぶらぶら。


街にはこの落書きとゆーか、絵がいっぱい。
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電車の古さも
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この広告もなんか中欧、東欧は似てる気がする。
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これはー
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うん、やっぱり美人が多いのも似てる!





そしてお腹が空いたところでサラエボの名物を食します。


また食べるんかい!



もう体重がやばくなってきております。
このままだと完全にブタになってしまいます。



ちなみに食べたのはこれ。
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中身はブタの挽肉が入ってるんだけど(笑)、これがまた美味しい!!
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めちゃくちゃ美味しい!!


3人で一つを分けたんだけど、あっとゆーまに完食でした♪
ボスニアに行かれた際はぜひぜひ!





そしてここはモスク
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ここサラエボにはイスラム教のモスク、カトリック教会、セルビア正教の教会、ユダヤのシナゴークがあります。



たくさんの民族、そして宗教


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では同じ国の中で、ただ民族が違うだけで殺し合って、憎しみ合いました。


しかもそれが遠い昔のことじゃないんだよね。




1992年〜1995年の話。



小学校高学年の時だ。

このボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では約20万人の市民を含む人たちが犠牲になり、虐殺、レイプ、強制出産などもたくさんおこなわれなたらしい。



なんでそんなことになったのか。



ここに来たのはその理由を知るため。


いろいろ歩いて見て感じようと思う。





次はそのことについて書いてみようと思います。




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| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 16:38 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

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