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「バイクでのベトナム縦断1,800km」」
これはとにかく最高にやばかった!!笑

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インドで出会った子供たち♪

「ついについに。。。空一面のオーロラ!」」
フィンランドで待ち続けて見た空満点のオーロラ。

「やっぱり感動した、ウユニ。」」
これを見るためにルート変更してまでも南米に来た。

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ボスニア・ヘルツェゴビナで起きたこと。

「世界一周528日目」








ボスニアヘルツェゴビナ

スクリーンショット(2012-11-03 20.52.52)




1992年から1995年まで続いたボスニアヘルツェゴビナ紛争





この紛争のことを書く前にまずは旧ユーゴスラビア(1943年のユーゴスラビア社会主義連邦共和国から)のことを。



ユーゴスラビアってサッカーの強かった国!
ストイコビッチのいた国だね!

それを知ってる人も多いはず。





この下の地図を見ても分かるように旧ユーゴスラビアは1943年の時点で、6つの共和国が存在してました。

・マケドニア
・セルビア
・モンテネグロ
・クロアチア
・スロベニア
・ボスニアヘルツェゴビナ
8762d1ecd030b4e00ac0051e7673789b_20121105053439.jpg
現在は既に独立して国になってるけど、当時は全てをまとめて「ユーゴスラビア」って言ってたんだね。



そして

5つの民族
4つの言語
3つの宗教
2つの文字


で、1つの国家とされてたんです。


→これが「ユーゴスラビア」


そして、いわゆる他民族国家



※ちなみに日本は単一民族国家。
(とされているみたいですが、これにはいろいろな意見があり、一概には言えないみたいです。)







異民族同士が共存していくというのは非常に非常に難しいのだけど、第二次世界大戦後は、チトー(共産主義者)という指導者の活躍によってこの6つの共和国が比較的仲良くやってたんです。



凄いよね、こんなにたくさんの違う民族、宗教が仲良くやってたんだから。
今じゃ考えられない。




しかし、そのチトーの死後、ユーゴスラビアは混乱。
ソ連や東欧諸国の民主化に流れに乗りユーゴスラビアもチトー時代(共産主義)の体制をやめます。



その時から民族主義・分裂主義・他民族排除主義という考えが盛んになってきたんです。



自分たちは自分たちの民族で国を作る!

あいつらはどっかに行け!


ってね。



今までは仲良く、とまでは言えないけど、うまくやってたのに〜。




そして、6つの共和国の一つであるセルビアがコソボ自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して90年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となったんです。


これがユーゴスラビアが解体していく「ユーゴスラビア紛争」




そこから各共和国が独立を目指し、その中の一つ「ボスニアヘルツェゴビナ」も1992年に独立を宣言。



そこからこのボスニアヘルツェゴビナ紛争が始まっていったんです。







まずはその紛争が起きたボスニアヘルツェゴビナ(以下ボスニア)の首都である「サラエボ」の街を歩きます。



まず一番最初に目に飛び込んできたもの。

それがこれ。
DSsbgsC_8472.jpg

DsbssddSC_8473.jpg

DSC_84dfgbsd22.jpg
おびただしい数の銃弾の跡


しかも、ここ街のど真ん中だよ?
中心地だよ?



そんな銃弾の跡がサラエボの街中どこにだってあるんです。
DSC_84xgbdg23.jpg

DSC_847sbgsd7.jpg



ボスニアには当時430万人が住んでいて、3つの民族が共存していて


①ボシュニャク人(ムスリム人)44%

②セルビア人(33%)

③クロアチア人(17%)



その3つの民族同士が、憎しみ合い、戦ったのがボスニア紛争。



その戦闘の一つが「サラエボ包囲」

セルビア軍がサラエボの街を完全包囲し、町を守るボスニア政府の軍を繰り返し攻撃した。
img_1048411_43153735_1.jpg
多い時は38,000回もの砲撃があったそうです。
このサラエボ包囲では、12,000人が死亡し、50,000人が負傷したものと推定され、そのうち85%は市民だったらしい。



これは今のサラエボの街で見られる「サラエボのバラ」
DSCsbs_8434.jpg
撃砲の砲弾による死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めたんだそう。
自分は一つしか見なかったけど、街にはいくつも点在しているらしいです。




ここはスナイパー通りと呼ばれる場所。
DSC_84sfgb67.jpg
「動くものは全て砲撃の対象」とされ、多くの人が撃たれ、殺されたらしい。



このスナイパー通り。
ボスニア紛争中にジャーナリストの山路さんが現地で取材している動画がありました。

これを見てるとほんとに怖い。


と、思うとともに死を隣り合わせに「現実」を伝えてくれるジャーナリスト、カメラマンの人たちのほんとに凄い。


そしてその山路さんを含む、世界中のジャーナリストが紛争中に泊まっていたホテル。
DSC_8svbsdb481.jpg
「Holiday Inn」は紛争中にも関わらず、ジャーナリストたちに部屋を提供したんだって。
この上の動画にも出てきます。




そして約3年半続いた紛争はNATO軍の介入で停戦。



この3年半のボスニア紛争での死者20万人。
難民200万人。
そして民族浄化(大量虐殺、レイプ、強制出産)というものがたくさんおこなわれた。




ここはサラエボにあるお墓。
DSC_849dfvsdf5.jpg

DSC_8sdbsd496.jpg
ほんとにたくさんのお墓がありました。



紛争のあった年代がほとんど。
DSC_84sdbvsdf98.jpg


ちなみにこのお墓があった場所。
実は84年にサラエボオリンピックがあった会場なんです。
DSC_8sbb491.jpg
あまりにも多くの人たちが亡くなり、お墓をたてる場所が無くなったからだとか。







わずか3年半もの間に死んだ人の数20万人。
家を失ったり、レイプされ知らない異民族の子供を産まされた女性。
虐殺された人々。
DSC_8vbsdfbg488.jpg
なんでこんな惨いことが起きないといけなかったんだろうね。






セルビア人と敵対したボシュニャク人(ムスリム人)のタクシー運転手が言ってた。


「セルビアは嫌いだ。」






例えこの紛争が民族同士の戦いでも、全員が全員相手を憎んで殺し合ったんじゃないと思う。


実際にこの紛争の前は異民族同士が結婚して子供を作ることも多かったそう。



異なる民族、そして宗教が一つの場所に共存するってそんなに難しいことなんだろうか。。





でも、世界にはほんとにたくさんの紛争や迫害が未だに起きている。


この紛争だって自分が行きてる時代に起きたこと。



ここボズニアヘルツェゴビナという国に来ることにより、詳しく知ったこと。
たぶん来なければここまで知ることは無かったと思う。


そんな意味でもここに来て良かったとほんとに思う。




ちなみにこの橋は第一次世界大戦の発端となったサラエボ事件が起きた場所。
DSsfbfC_8427.jpg
サラエボはいろいろなことが起きた国なんだね。





旧ユーゴ圏、もう少し旅しながらそんな歴史を知れたらなって思ってます。



まぁ楽しむことも忘れずに。ね!
sbsdDSC_8515.jpg





今回はかなり省いてまだまだ書きたい事もたくさんあったけど、まだまだ勉強不足。
うまく伝わらずにごめんなさい。
でも、少しでもこんなことが起きた、起きているっていうのを知ってもらえたらと思ってます。

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| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 07:23 | comments:21 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

 私はこの紛争中、イギリス ロンドン在住していました。
(現在は日本在住です)
でも、ボスニアヘルツェゴビナ問題は、民族間の問題もかなり複雑で入り組んでいて、ヨーロッパ在住で有った私でもわからない事が多かったです。
わかりやすく、画像も交えて説明いただき、本当にありがとうございます。

 ロンドン在住中は、IRAのテロ騒ぎが連日にあり、毎日通勤中の列車や地下鉄・バスの中から爆発物が発見され、正直命がけの通勤でした。日本で報道された以上に、頻繁にあり、今現在のテロ以上に連日でした。
 長年過ごした国街の惨状に、心痛める毎日ですが、戦争は絶対にしてはならない、起こさない、という事が困難でもいかに大切かを強く考えさせられます。

 これがあなた様のブログを初めて見せていただいた記事でしたが、他にも閲覧させていただきますね。貴重な情報をありがとうございます。
 

| Kelly.J(日本人です) | 2017/06/07 14:24 | URL |

Oさん*

ほんと、戦争って何で起こるんですかね。
利益のため、民族問題、領土、宗教。
解決策って無いのでしょうか。
今回、この国に来ていろいろ見ることが出来、知ることが出来てほんとに良かったと思います。
知らなくても何も不自由なく暮らしていけるんでしょうけど、これは知らなくてはいけないことだと感じました。
旧ユーゴ、もう少し知りながら旅したいと思っています。

| daisuke | 2012/11/08 01:09 | URL |

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| | 2012/11/07 11:20 | |

けんとくん*

言えば良かった!
山路さんもカメラマンもまじで凄いわ。

| daisuke | 2012/11/07 07:31 | URL |

めがねさん*

コメントありがとうございます!
フランスに亡命して来られた人たちのお話、衝撃的ですね。
日本にいる自分たちには考えられないような話ですが、実際にそんなことが起きてるんですよね。
この平和を作ってくれたのは自分たちの親やそのまた親たち。
じゃあ平和な自分たちが今度は何をするか。
ですよね。
まずは知ること。でしょうか。
もう2度とこんなことは起きてほしくないですが、未だに世界中で争いが起きてますよね。
ほんと、いつになったら無くなるんでしょうか><。

| daisuke | 2012/11/07 07:30 | URL |

Re: タイトルなし

paoさん*

自分もそうでした!
ここボスニアのこともそうで、名前だけは知ってたけど、いつ、何が起きて、どんな原因で起きたのか。
それでもこの国に来て、こうやって見て、勉強して、少しだけど知れてほんとに良かったと思ってます。
確かに知らなくても普通に生活出来て、何の不自由もない生活が出来ますもんね。
何かに書いてあったんですけど、今起きてる問題で一番大切なことはまず知ることだって言ってました。
何が起きているか。
それをまずは知ることが大事なんですよね。
その後にどう動くか。
日本にも世界にも知らないことが多すぎます。
でも一つ一つ知れたらな〜って思ってます!
あっ、帰ったら講演会。。。
ないですないです!笑
喋るのめちゃくちゃヘタですからね!笑
カプチーノ飲みながら関税の話でもしましょ♪

| daisuke | 2012/11/07 07:23 | URL |

はるかさん*

コメントありがとうございます!
ほんと、人は何で戦争するんでしょうね。
したくない一般市民たちも、国や政治的な動きに洗脳されてるのも大きな原因じゃないかなって思ってます。
あいつ(国)は悪い!
あいつらは危険だ!
なんてずっとやってるとみんなそうなりますよね。
自分たちの利益のために動くとか。。
そして復讐は復讐を呼ぶだけですから、もう世界が悪くなっていく一方ですよね。
争いがなくなる日は来るんでしょうかね><。

| daisuke | 2012/11/07 07:12 | URL |

いのき*

ほんといのきの視点は勉強になるわ。
まじで。
そんな親友がおって本当に良かったとも思う。
ありがとね。
確かにおれもアメリカ好きやな〜。
そしてこの民族対立も「教育」がめっちゃ関係もしてくると思うわ。
日本、中国、韓国だって、お上の方たちが教育方針をちゃんとしてったらもっとええ方向に行くと思うんやけどね。
じゃないと上に洗脳されてくわ。
早く靖国行ってみ。
そして感想を教えてくれい!

| daisuke | 2012/11/07 07:08 | URL |

ToumAさん*

お久しぶりです!
元気ですか?!
ほんと日本は平和だと思います。
何も無い上に、他の国の起こったことすら知らないですもんね。
特に自分がですが><。
世界には知らなくてはいけないこともまだまだたくさんありますよね。
そんなことを感じ、日本と比べても見てみたいと思います。

| daisuke | 2012/11/07 07:04 | URL |

ミミさん*

初めまして!
コメントありがとうございます♪
いつもなんて言われるとほんっと喜んじゃいます!笑
自分も勉強しててまだまだ分からないことだらけなので、簡単にですが書いてみました。
歴史を知ることで自分の無知さが分かるんですが、それでもここに来てほんとに良かったと思いました。
また見にきてください♪

| daisuke | 2012/11/07 07:01 | URL |

Lenaさん*

お久しぶりです!
自分もまだまだ分かってないので、こんな風に書いてみました。
ほんとに深いです。
難しいです!
でもここに来ることにより、少しでも知れて、そして知る気になれてほんとに良かったです。

| daisuke | 2012/11/07 06:59 | URL |

にゃんさん*

世界にはまだまだ知らない歴史がたくさんありますよね。
自分が生きてるのに知らなかった事実もたくさん。
でも実際に来て感じれて良かったと思ってます!
これからも気をつけて旅してきます!
ありがとうございます!

| daisuke | 2012/11/07 06:57 | URL |

山路さんの動画初めてみたわ。行く前に見たかった。。。

| けんと | 2012/11/07 05:21 | URL |

いつも楽しく読ませて頂いてます。

私はワーホリでフランスに居たのですが、フランスに亡命してきた方が職場にいました。
カンボジア出身の方で、ポル•ポト派にご両親を殺されて、妹さんとフランスに来たそうです。
何不自由なく、自分のやりたい事をしていた私にとっては衝撃でした。
平和な日本を作ってくれた父母や祖父母の世代に感謝してもしきれないです。

ボスニアの事、私はよく知りませんでした。わかりやすい説明、ありがとうございます!
この国も平和が続く事を祈ります!

戦争ってなんで起こっちゃうんでしょうか…難しい問題です…

| めがね | 2012/11/07 00:16 | URL |

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| | 2012/11/06 23:47 | |

日記毎日見ています。
色んな気づきをありがとうございます。
何故人は戦争をするんでしょうか....。
みんな戦争はいけないことだと知っているのに。
なぜだろ....
世界中の隣の人に優しくするところから始めたら、戦争はなくなるのかな。
今もどこかで大なり小なり争いが起きていますね。

| はるか | 2012/11/06 20:28 | URL |

死んだらどんな人もみんな骨になってみーんな同じ格好なのに、生まれた環境、教育、によって人間が別れていくんやろうね、

日本も戦争に負けて、アメリカが教育方針変えて今の日本になったってゴルゴに書いてあった。

なんか小麦粉いっぱい日本に買わせるために給食にパンを出すようにして、ご飯食からパン食にうまい具合シフトさせているのだと、
良くも悪くも今じゃアメリカみたいな国になってしまってるよね日本

俺もアメリカってカッコエエなって思うし。

全ては教育なんやなって思う。
今の日本人には特攻攻撃なんてする度胸も愛国心もない。

丸くなった日本男児は今じゃ草食系とかいってさ(笑)

日本のために戦って死んだ軍人さんたちは夢にも見てないやろうで、

靖国神社行ってみたいなぁー

| いのき | 2012/11/06 19:40 | URL |

お久しぶりです。日本にいると考えることってなかなかないですが・・・本当に戦争のない平和がありがたいなと今日のブログを読んだだけでも思ったので、実際その場で学んだり見たりするともっと強く感じるんでしょうね。平和のありがたさを考える時間を持てました!ありがとうございます♪

| ToumA | 2012/11/06 15:59 | URL |

だいすけさん、はじめまして。
毎日ブログを拝見するの楽しみにしています。
いつも美しい写真と楽しいエピソードにどきどきしていましたが、今日は大切なことをとてもわかりやすい言葉で教えてくださってありがとうございました。
これからも応援しています♪

| ミミ | 2012/11/06 13:39 | URL | ≫ EDIT

こういう話になると、難しい文章をずらずらずら〜と並べる人が多いけど、ダイスケの説明は歴史を知らないあたしでもすごくわかりやすかったよ!

ありがとう。

| Lena | 2012/11/06 11:57 | URL |

広島や沖縄やワシントンDCのホロコーストミュージアムを訪ねたとき、きっと今のだいすけさんのような気持ちだったと思います。
なんだかんだいって、平和はやはり尊いですよね!
お気をつけて~(^^)/

| にゃん | 2012/11/06 11:17 | URL |















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